江戸時代の五百羅漢寺 江戸名所図会
本堂より腕のように伸びたのが東と西の羅漢堂
羅漢堂内部 東羅漢堂東面
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本殿内部
江戸時代羅漢寺のあった場所は都営新宿線西大島駅のすぐ東である
由緒:天恩山と号す。開基は松雲元慶で黄檗宗鉄元の弟子。羅漢像彫刻の大願を起こし、元禄年間536体を独力で刻みあげた。将軍綱吉の生母桂昌院の力添えで当時の諸大名こぞって献金し大寺院となった。
もと本所五つ目にあったが明治40年現在地に移転。高浜虚子の句碑、平山廬江の歌碑、原爆記念碑、興安友愛之碑などがある。
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